2016年8月19日金曜日

ラッキー/動乱のエピソード編その1



ラッキー
~これが人生で一番ラッキーだったこと!~


ラッキーなこと、というのは確かに突然起きる。しかし本当にラッキーだったのかどうかは時間が経たないと分からないこともある。例えば宝くじで1億円当てた人も、それが原因でその後の人生が狂ったりすることだってあるのだ。

会社でもラッキーで部長に昇格した人が、早めにポストオフとなるようなケースもある。人はキャパシティーを超える職位を得ると自分も大変だし部下も苦労する。課長のまま役職定年まで粘った人の方が、遥かに生涯年収が高かったりすることだってあるのだ。
だから、ラッキーに一喜一憂してはいけない。ラッキーなことがあれば警戒心を持ち、アンラッキーなことがあれば、いずれ必ずツキが戻って来る、と思うべきだ。

私はアンラッキーな事があると「身代わり不動」的に考えるようにしていた。このアンラッキーな事のお陰で、もっとヒドイ事が避けられたはずだ、きっといずれ大きなラッキーになって返って来ると。勿論真実は分かるべくもないが、何となく思うのは結局ツキは均一に与えられるのではないか、ということだ。それを生かすか生かさないかは本人の努力次第。そう思っていた方が前向きになれる。

私は39年同じ企業グループで働いた。22歳で会社に入り転職もせず61歳までやって来た。長い長いサラリーマン生活であったが、一番ラッキーだったことは何だろう、と考えてみた。
公私共にいろいろなことがあり、それぞれ種類が違う。上司に恵まれたのもラッキーだったし、たまたま役員になれたのも正に大ラッキーである。バンドのメンバーと出会って28年も音楽活動を続けていられるのも正しくラッキーだ。
それぞれ出会い頭のように偶然に仕事を通じて知り合い、公私に亘り終世付き合うことができるお客様や先輩、同僚、後輩を得たのも本当にラッキーだと感じる。
 しかし、個別の話として本当にこれは信じられないくらいラッキー!と小躍りしたことがある。

新潟で単身赴任をしていた課長の頃の話だが、3月末の週末の夕暮れであった。新潟の冬は寒い。社宅である集合住宅の2階に住んでいて、石油ストーブは給油が面倒なので電気ファンヒーターを使っていた。新潟の冬に電気ファンヒーターは相当無理があり、部屋は全然暖まらなかった。その日も雪が舞っていた。

洗濯物が溜っていることに気づき洗濯機を廻さねば、と思い洗剤を探した。すると、洗剤が切れていた。これはショックだった。買いに行けば良いだけの話なのだが、外は雪が舞う寂しい夕暮れ時である。気が滅入った。ツイてないなぁ、と思い、雪の降る窓辺で溜息をついた。あーあ、やんなっちゃうなぁ、と呟いた時、ピンポーンとチャイムが鳴った。誰だろう今頃・・・。

インターフォンを取るとF君という同じ社宅の後輩だった。どうしたのか、とドアを開けると、奥様と二人で立っていた。で、思い出した。F君は転勤になったのだった。
 「今日で引っ越しますので、大変お世話になりました」とご夫妻は頭を下げた。いやいやこちらこそ、と返すと、「これ、つまらないものですが」とF君が小ぶりの紙袋を差し出した。
 「いやいやそんなご丁寧に」と社交辞令の慣用句で対応しつつ、手を伸ばしその転勤挨拶の品を頂戴した。
 上からチラっと覗いて驚愕した( ゚Д゚)何と洗剤だったのである。いやー、驚いた。まさかの展開である。おー!と思った。うぉー!!と両手を突き上げ叫びたい気分だった。洗剤で悩んで落ち込んでいる時に何と洗剤が向こうから突然やって来たのである。こんなことがあるだろうか!!
 ふと気づくとF君は不思議そうな顔をしていた。どうやら私はものすごくニコニコ嬉しそうな顔になっていたようなのである。何でこの人はこんなに洗剤ごときで喜ぶのか、と思ったのだろう。恥ずかしくなり取り繕ってドアを閉めたが、私は部屋に戻って派手なガッツポーズをキメ、バンザイ三唱をして一人でバカみたいにはしゃいだのである。F君には何も説明していないので、まさか私の39年間で一番ラッキーだったのがこの件とは、彼も夢にも思っていないだろう。しかし、このタイミングの良さは凄かったなぁ(@_@)

だから私には、このことがもう一生二度と起こらないくらいの最高にラッキーな出来事と思えるのだ。


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