2017年2月6日月曜日

「最大のピンチ」八甲田山で遭難しかけた過去を告白!/錯乱のエピソード編その10


<作画:みやかね にわとり>

~私の人生における最大のピンチを告白!~

 死にかけたことが何度かある。サラリーマンとしては死にかけたことは数知れずであるが(^^;)その話ではない。本当に命を落としそうになったのだ。
 昭和54年の春に私は八甲田山で遭難しかけたのである。
 会社に入って新入社員で青森市に転勤し2年目の春のことであった。その頃の青森市の冬は今よりもずっと雪が多かった。12月中旬から3月中旬まではほぼ毎日雪が降っていた。そしてその間、陽が射すことがないのだった。
 最近、冬に天気予報を見ると青森市は結構晴れマークが出ることが多いのだが、当時の感覚では信じられない思いである(◎_◎;)

 雪が多ければやっぱりウィンタースポーツだ。20代前半の元気が有り余っている時だから尚更である。週末はスキー三昧の生活を送ったのであった。
 とは言うものの、実はそれまでスキーはしたことがなかった。私は福島県福島市の出身で比較的近くにスキー場もあったのだが、両親がやらなかったこともあり機会が無かったのだ。
 青森市には車で20分くらいの八甲田山の入り口あたりに雲谷(もや)スキー場というのがあって、会社の先輩Iさんと一緒によく通ったものである。
 Iさんから一応基礎を教わったのだが、最初はリフトにもまともに乗れず、降りた途端に自然に滑り始めてしまい、止まることも出来ずに人に衝突するなど、とても大人とは思えないようなひどい出来であった(=_=)
 それでも近さを生かして毎週行っているうちにどんどん上達し、2シーズン目にはどんな急斜面でも突っ込んで行けるようになり、Iさんからもこのまま行けばスキー検定2級も夢ではないと言われ調子に乗っていたのである。

 そんな頃であった。私は5月初旬に一人で八甲田スキー場に向かった。八甲田スキー場は普通のゲレンデスキーではない。山の斜面を利用した林間コースであり、現在は11月から5月くらいまで滑走可能なようだが、当時は冬季はクローズされており、春だけオープンのスキー場だったと記憶している。ロープウェーで登って最長5kmを滑り降りるダイナミックな春スキーコースだった。その日はたまたま連れのIさんの都合が悪く休日を持て余していた私は、珍しく一人で行ってみたのである。うす曇りの日曜日だったと思う。
 ロープウェーは割りと混雑していて、しばらく並んで上まで上がった。ロープウェーから降りると、乗って来た人達をやり過ごして一人で滑り始めた。大自然の中、周りに誰もいない銀世界を滑走すると素晴らしい開放感を感じられ気分も高揚するのであった。
 その時、スピードが出過ぎて曲がり切れず設定してあったコースから外れて、2mほど下に降りてしまった。山頂側から見れば右のほうへ滑って行って、左に回旋し切れず右に少しズリ落ちた格好である。そのままよじ登って戻れば良かったのだ。と言うより、そうしなくてはならなかったのである。山歩きの基本の基本は、迷ったらともかく戻るということだそうだ。決して勘に頼って進んではならないのだ。

 当時の私はそんなことも知らない大馬鹿もので、斜め左に歩けばコースに戻れるものとスキーを担いでどんどん歩き始めたのである。すぐに戻れるものと思っていたが、まったくコースの影も見えず私はひたすら歩き続けた。
 何もない雪深い山の中である。物音一つしない。私の、はぁはぁという呼吸音とスキー靴が雪を踏みしめるザッザッという音が響くばかりである。
 1時間歩いても2時間歩いてもコースは現れなかった。私もさすがにだんだん不安になって来た。ただ春スキーに来ただけのつもりだったので食料などもまったく持っていなかったし比較的軽装であった。それでもここまで降りてしまえば、もう後戻り出来るはずもない。不安を堪えてひたすら歩き続けるうちにだんだん薄暗くなりかけて来た。

 5時を過ぎた頃に、ふと、ダメかな・・・と思った。コースに出る気配などまったく感じられないのであった。このまま夜を迎えれば平地と違い標高1,000m以上の山中である。5月と言えども相当冷え込むに違いない。野宿の経験もないしどうして良いかも皆目分からない。私は途方に暮れた。60年の人生を振り返れば途方に暮れたことは数限りない。しかしこの時ほど大きく、空しく、悲しい気持ちで途方に暮れたことはない・・・。

 ところがその時である。左遥か前方で声がした・・・ような気がしたのである。
 必死に耳を澄ますとまた声がした。私は必死でその声の方角を目指して歩き出した。そしてしばらく歩くとコースに戻り着いたのだった。心底ほっとした。泣きそうである。奇跡の生還だ。私は担いでいたスキーを履くとゆっくりと慎重に滑り降りたのであった。

 駐車場にはほとんど誰もいなかった。ロープウェーはとうに営業時間を終えており、人影もまばらな薄暗い駐車場で私は呆然と立ちすくんでいた。
 声は本当にしたのだろうか。それとも見えない誰かが導いてくれたのだろうか。
 暮れて行く空を見上げ私はため息をついた。
そして、奥歯を噛み締め、明日から頑張らなくちゃな、と何となく思ったのであった。

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