2017年3月13日月曜日

サラリーマンの「一発勝負の是非」について考察してみる!/サラリーマンの王道


<作画:みやかね にわとり>

 ~一発勝負の是非について考えてみる!~

 人生は所詮ギャンブルだという説がある。受験も就職も、あらゆる事象は二者択一である。A大学かB大学か、C社かD社か、入社するか止めとくか(=_=)

 また、車や時計など高額なものを二つ同時に買うことは出来ないし、例えば晩飯にしたって和食か中華で迷ったらどっちかしか食べられない。いやいや、俺は必ずスナックやクラブは2、3軒はしごすっからね、などというお父さんもいるのかも知れないが(^^;)、我々は意識していなくとも永遠に続く二者択一ゲームのプレイヤーなのである。

 ならば、すべてはギャンブル、知らず知らずのうちにどちらかに賭けている、という説は信ぴょう性があると言っても良いだろう。

 会社で仕事をしていても二者択一的に迷うことは限りなく多い。特に年次を重ねたり管理職になったりすると相談事や、ややこしい話も増えて来る。一体俺はどうしたらいいんだぁ!と頭を抱える(/ω\)ようなことは日常茶飯事なのである。

 時には運命を賭けるような決断を迫られることもある。クビを賭けるような話だ。
 勿論そんなことはイヤだ。私は元々は平和主義者なのだ。いつの間にか戦乱に巻き込まれ、大刀、小刀を抜き放ちメチャメチャに振り回す勢いで戦っては来たものの、そもそもそんな性格ではない。小心者の善良なる市民なのである。
 サラリーマンは家族を路頭に迷わすわけには行かないし、定期収入をしっかり確保しなくてはならない。それは勿論分かっている。それでも止むを得ずクビを賭け一発勝負を仕掛けたことも何度かある(=_=)

  課長の頃大きな問題が発生した。あからさまになれば部下のA君に大きな✖が付く。立ち直れないような失点である。クビにはならないまでも相当マズい感じである。
 私は悩みに悩んだ。そして一つの結論に達した。それは「何とか誤魔化す」というものであった。コンプライアンス上の問題があるわけではないが、バレれば私の身も危ない。責任を追及されれば人事的な制裁に至る可能性もある。しかし前途有望なA君の未来を、真っ黒に塗ることは出来ない。
 私は苦悩の末に思い切った。そしてA君を別室に呼びこう告げたのである。
「このことは潜る。もし問題になったら俺が一人で決めてやったことにする。お前は知らなかったことにしろ
 我ながらカッコいいな、と思った( `ー´)ノ
 テレビに出て来るサラリーマンものの上司のセリフのようである。責任を一人で被り部下を庇う立派な上司だ。
 項垂れていたA君ははっとしたように顔を上げ私を見つめた。その瞳は感動に濡れているようにも見えた。
「いや、課長に責任を押し付けるわけには行きません。元はと言えば私がやったことです。私が責任を取ります」
というようなことを言うのではないか、と思った。テレビドラマなら絶対そういうシーンだ。
 ところがA君は一瞬の沈黙の後、こう言ったのである。
「わかりました。そうします・・・」
 えぇ?!( ゚Д゚)と内心動揺した。
 勿論これは私が決断したことであって、私が一人で責任を被ることに異論はない。そしてそのことをA君に告げたのだから、A君の答えは間違ってはいない。でもさぁ、なんかもうちょっと言い方とかね、何か配慮の仕方とかさぁ、あっても良いんじゃないのかい?俺はクビを賭けてあんたのことを庇うって言ってんだからさぁ・・・。

 A君は心底安心したように微笑むと、それではひとつよろしく的なお辞儀をして部屋を出て行った。
 私はあーあ、と何だか失敗した後のように呆然と、窓の外に広がる青空を見上げたのである(-_-)
 その後幸運に恵まれその案件は何とかスルーされ事なきを得た。しかし私のステキなカッコイイ上司のセリフが空を切り、ただ空しく虚空に消えたことを、私は後年まで悔やんでいたのである。あんなこと言わなきゃ良かった・・・。

 それでもその他にも何度も同様のサラリーマン人生を賭した一発勝負は繰り返された。人間は学習する。学習して成長するのだそうだ。しかし私の場合は同じようなケースではどうしても同じような判断をして窮地に立つことを繰り返していた。性格だろうか。宿命だろうか。やっぱりバカなのか・・・。

 サラリーマンの一発勝負は実に危険だ。基本的にはやってはならない。常に保険をかけたり、リスク分散しながら対処するのが真っ当な道である。
 また、コンプライアンスに抵触するような判断は100%してはならない。
 しかし目の前のピンチから逃れたいが余り、判断を間違える人は後を絶たない。とことん追い詰められると正しい判断が出来なくなるのである。
 しかしどうせその窮地を逃れたところで、次にまた同じような、いやもっとヒドいのが来るに決まっている。だからその意味ではA君の判断は全く正しいのだ。

 既に数十年を経過している本件であるが、時空を超えてどうしてもA君にこう言いたい自分がまだいるのである。
「あのね、サラリーマンとしては正しいけどさぁ、何かさぁ、ちょっと違うくはないかいぃぃ?!」



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