2016年7月7日木曜日

ガラケー/狂乱のオピニオン編その5



ガラケー/狂乱のオピニオン編その5

~ガラケー問題にモノ申す!~



「ガラケー」と最初に聞いた時わけがわからず「何のこと?」と会社の人に訊いたら、「ガラパゴズ携帯ですよ」と言われ余計に混乱した。ガラパゴス携帯は、スマホではない、以前のただの携帯電話のことである。
 ガラパゴス諸島の生物のように、世界標準から離れ独自の進化を遂げた日本の携帯の呼称だそうだ。着メロ、着うた、ワンセグ、電子マネーなどが独自の進化らしい。こういった言葉の普及は早い。語感の面白さもあるのかも知れない。

しかし、何故ガラケーなどと言うのか。ガラパゴスと聞くと何となくイグアナとかを思い出してしまうではないか。イグアナの形をしたイボイボの付いた形状をどうしても連想してしまう。ただの「ケータイ」では何故いけないのか。
でも、よく考えてみるとスマホも本来携帯電話の一種だから、普通の携帯をケータイと呼ぶには無理がある、ということなのかな・・・。 

ガラケーならぬガラジー、というのを考えてみた。会社で独自の進化を遂げてきたオヤジである。ガラパゴスオヤジ。
そういう人は確かに存在する。人の意見はあまり聞かず唯我独尊。専門職を続けそれなりのスキルを重ね、自分の領域を未開の地とし、他の人が入れないようにしている。ジョブローテーションなどおかまいなし。まさにガラパゴス化だ。
昔はこういうガラジータイプの人が多かった。本社の業務部門には○○の鬼、みたいな人が必ずいたもんな。しかし、マニュアル化や分業化の流れの中で絶滅寸前である。
だが、時としてガラジーが会社の危機を救うことがある。大トラブルなどが発生した時である。
普段目立たないガラジーが突然存在感を発揮して全体を仕切ったりする。まさに、ガラジーは会社を救う!である。

スペシャリストかゼネラリストか、などという論議があるが、私は個々人はスペシャリストを目指すべきだろうと考えている。勿論時代の流れには逆行するし、デメリットも多い。しかし、それぞれの領域の奥行きは果てしなく深く、人生は短く時間は限られているのだ。

ところで最近スマホに代えてみた。ガラケーの時はガラケー擁護派であった。電話とメールで何が悪い!とか、何がスマホだ、ふざけるな!インターネットは家でやれ!とかがんがんに公言していたが、使ってみると便利過ぎて驚きだ。
使っているのは主にインターネットにナビに音楽、動画などなどだが、基本アプリだけでも機能は多様であり、まさに奥行きが見えない感じだ。ずーとやってる若者の気持ちも分かるようになった。
しかし、こんなにずっと使っていたらものすごく愛着が出て来るだろうな。

愛用のスマホが壊れたり、無くしたりしたら大変なことになるのではないか。スマホロス症候群である。
私はこの子じゃなきゃダメなの!私たちずっと一緒だよね、とか言いながら肌身離さず持ち歩く。無くしたら近所に張り紙して探し回り、水没したら葬式を出す。
何をふざけたことを言っているのか、と思うだろうが、私の予想では近い将来スマホに3Dのオリジナルキャラが設定でき、コンシェルジュ的な役割を果たしてくれるようになるに違いないのだ。何でも相談できる最高の相棒。まさにD社のCMと同じである。

既に最近のスマホはよく喋る。Siriに話しかけると気の利いた返事をすることが多い。これがどんどん進化して行ったら相当持ち主と親密になるのは間違いない。
当然名前を付け愛情を注ぐだろう。彼氏や彼女の代わりを果たすのかもしれない。そうなれば例えば水没した時などに、本当にスマホ葬儀一式10万円、なんていう商売が成り立つ日が来るのではないか。

しかし、そんな葬式に呼ばれたらどうしよう。
勿論スマホ持参で行き、弔辞を読むなら友人代表で自分のスマホに喋らせるしかないんだろうけど・・・。





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