2017年2月20日月曜日

「ポスト団塊世代」シラケ世代で何が悪い!と開き直ってみる!/錯乱のエピソード編その14

<作画:みやかね にわとり>


~シラケ世代で何が悪い!と開き直ってみる!~

 私が生まれたのは1955年である。ポスト団塊世代と言うらしい。団塊の世代は第一次ベビーブームである1947年から49年の3年間に806万人も生まれていて、日本をリードした世代と言われている。
 青年期には安保闘争などの学生運動に身を投じ、矛盾を抱えながらも、就職するとモーレツサラリーマンと化して働きまくり日本の礎を作った熱い熱~い世代である。

 一方私が属するポスト団塊世代であるが、かつて何と
「シラケ世代」「三無主義」と評されたのである。三無主義とは、無気力、無関心、無責任である。とんでもないいい加減な世代と評価されていたのだ。
  確かに私が大学に入学した1973年には既に学生運動が沈静化していて、学生の間には全体的にはのんびりムードが漂っていた。ぼうぼうに燃え上がった焚き火を消した後のようなちょっとけだるい感じがあったのかも知れない。
 しかしである。それは団塊の世代の人達から見た感覚であって、余りにも一方的な評価だと言わざるを得ない。 
 確かに我々は自己矛盾も何も感じないままキャンパスライフを謳歌し、普通に就職した世代だ。
 そういう意味では我々は、普通の学生生活を送り普通の就職をして、若い頃には普通のサラリーマン生活を楽しんだ最初の世代なのかも知れない。
 しかし、それが悪いのか、えぇ?!と問いたい心境であった。

 私が子供の頃は未だ戦後が色濃く残っていた。両親や親戚、友人など人がたくさん集まるとよく戦争の話をしていた。
 父は学生だったが茨城の工場でアメリカの爆撃に遭い死にかけたと言っていたし、叔父も海軍で演習に参加していたそうである。父と列車で旅をした時に同じ席に乗り合わせた人と、父が延々と戦争の話をしていたことを思い出す。
 私は福島市の出身だが、子供の頃は
父が東京へ出張に行くと決まって買ってきた土産はバナナだった。一生のうちに一度で良いから生のパイナップルを食ってみたい、と憧れていた時期もある。
 
 今でもスーパーなどでパイナップルを見かけると(何でこんなに安いんだー(*_*;)と強い違和感を覚えるのであった。
 コーラを初めて飲んだのは小学校低学年か。家にテレビが来たのもその頃だろう。その前は、力道山のプロレスは一時隣の家に観に行っていた記憶もある。

 つまり、戦後の記憶を鮮明に有しながら少年期に大きく激しく文化が変わった経験をしている世代なのだ。
 なので私は、ポスト団塊世代は変化に柔軟な世代と言えるのではないかと密かに思っている。
 団塊の世代の諸先輩に揉まれながら、シラケてるとバカにされても、冷静にしたたかにしぶとくバブルを乗り越えて戦って来たのだ。
 
 まぁしかし世代論は単なる一般論に過ぎず人生は勿論人それぞれだが、何となく思い返せばそんな気もして来るなぁ・・・。

 そうだ!シラケ世代で何が悪い!大きなお世話だぁ!そう開き直って私は生きて来たのだ。
 世代論はそれぞれの世代に言い分があるし、また世代論自体が無意味、と言う意見もある。
 しかし還暦を迎えた今、同世代の連帯感みたいなものをそこはかとなく感じてみたりするのも事実なのだ。

 さてそんじゃ今日は、一発パイナップルでも買って帰ろうかな(^^;)


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