<作画:みやかね にわとり>
まず同意!イエスバット法を駆使し、YES BUTマンとして戦おう!
2019年9月更新!社内でも商談でも仕事での会話ですぐ反対しちゃう人結構多いですけど、ものすごく危険です。まず一旦賛成してその後切り返すイエスバット法が超有効なんです。実はこれはクセ=習慣です。意識してトレーニングすればすぐに改善しますよ。その辺をまとめてみましたぁ😀
(^.^)本日の記事の見出し
👉否定や批判することはリスク?!
👉会社での論戦は駆け引きが必要!
👉昔の上司「グレッグさん」について語る!
👉YES BUTマンを目指せ!
👉まとめ:YES BUTが習慣になればいいのだ!
👉否定や批判することはリスク?!
最近「批判すること、否定、反対すること」がリスクになって来ているように感じるが、皆さんはどうお考えだろうか?
特に政治の世界が顕著である。
何かにつけて批判し反対ばかりしているのを、毎日毎日見聞きしていると、何だかホントにイヤになってしまう。
この人たちはなんでいつも全部反対ばかりしているのよ?!と何となく思ってしまうのである。
だからこれは戦略的には相当マイナスであろう。
イメージダウンにつながるのだ😓
真面目で主義主張がブレないのかも知れないが、サラリーマンの世界に置き換えて考えてみると、こんな対応はあり得ない。
相当リスクの大きな対処の仕方と言えるのではあるまいか。
何かにつけて批判し反対ばかりしているのを、毎日毎日見聞きしていると、何だかホントにイヤになってしまう。
この人たちはなんでいつも全部反対ばかりしているのよ?!と何となく思ってしまうのである。
だからこれは戦略的には相当マイナスであろう。
イメージダウンにつながるのだ😓
相当リスクの大きな対処の仕方と言えるのではあるまいか。
サラリーマンは、「まったくあいつは何でも反対で、自分の考えは全然ないんだよな」などという評価が定着でもしたなら一巻の終わりだ😭
例えば会社の会議などで論陣を張るとすれば、そこには駆け引きが必要である。
まず、反対のための反対は絶対ダメだ。
「いやー、それはちょっと違うんじゃないですかね。もっと良い方法があるような気がしますよ」
ほらね、これダメでしょ。
ひどいでしょ。
すっごい無責任だもんね💦
対案なき反対は実に危険な自爆行為である。
しかしこのように少し言い方を変えたらどうだろう。
「それはとても良い考えですね。でも、具体的に実現するためにはもう少し肉付けが必要と思います。もっと論議を深めてみましょう」
まず、反対のための反対は絶対ダメだ。
「いやー、それはちょっと違うんじゃないですかね。もっと良い方法があるような気がしますよ」
ほらね、これダメでしょ。
ひどいでしょ。
すっごい無責任だもんね💦
対案なき反対は実に危険な自爆行為である。
しかしこのように少し言い方を変えたらどうだろう。
「それはとても良い考えですね。でも、具体的に実現するためにはもう少し肉付けが必要と思います。もっと論議を深めてみましょう」
これも結論としては反対している。
今のままではダメと言っているのだ。
それでも一旦肯定する雰囲気を出しているので、無責任な評論家的な対応は微妙に避けている。
「YES BUT法」というヤツである。
まずYESを言っておいてから、BUTを出すのだ。
つまり、反対する時であっても、まず一旦は賛成してみるのである。
昔の上司のAさんの陰のあだ名は「グレッグさん」であった。
「グレッグと言えば?」と新橋駅前の路上でオヤジにインタビューすれば、過半数の人は「ノーマン」と答えるだろう。
著名なゴルファー「グレッグ・ノーマン」である。
Aさんは何かというと反対する。
何でも「No」なのだ。
そこで口の悪い連中がAさんを、イエスマンの逆の「No Man」→「ノーマン」→「グレッグ」とつなげて呼んだ駄洒落的揶揄的あだ名であった😅
確かにAさんはなんでも「No」ばかり言っていた。
こちらが仕事の案を出すと、
「それは違う。そんなんじゃないんだよ。もっとこう何か良いのを考えろよ。もっと奇抜なさぁ、他社がひっくり返って驚くようなさぁ、何かそんなのだよ。わかるだろ!」とか言うのである。
わからないし、そんなのはありはしない。
そんな良いのがあるなら誰も苦労はしないのだ😣
困り果て「何か良いアイデアはありませんか?」と訊くと、Aさんは「うーん、ここまで出かかってるんだけどなぁ」とか言いつつ、喉に手を当てるのだ。
しかし1年一緒に仕事した中では、Aさんのアイデアはすべて喉止まりであり、口から出ることはなかった。
そして残念ながら結局Aさんは、短期間でポストオフとなったのである💦
つまりNoは仕事を停滞させるのだ。
更に、その人の評判を大きく低下させるのである。
勿論イエスマンもNGである。
何でもはいはい言っているだけで残って行けるほどサラリーマンの世界は甘くない。
ならば何を目指すか。
私が提唱したいのは「YES BUTマン」である。
これはアメリカンヒーロー「バットマン」に引っ掛け、「YES!バットマン」とも読めるのでややカッコイイではないか😁
これは、論議の際や会話では常に「そうですよね」「私もそう思います」「ちょうど私もそんな風に考えていたんです」などと、うまいコトYESを言うのである。
今のままではダメと言っているのだ。
それでも一旦肯定する雰囲気を出しているので、無責任な評論家的な対応は微妙に避けている。
「YES BUT法」というヤツである。
まずYESを言っておいてから、BUTを出すのだ。
つまり、反対する時であっても、まず一旦は賛成してみるのである。
👉昔の上司「グレッグさん」について語る!
昔の上司のAさんの陰のあだ名は「グレッグさん」であった。
「グレッグと言えば?」と新橋駅前の路上でオヤジにインタビューすれば、過半数の人は「ノーマン」と答えるだろう。
著名なゴルファー「グレッグ・ノーマン」である。
何でも「No」なのだ。
そこで口の悪い連中がAさんを、イエスマンの逆の「No Man」→「ノーマン」→「グレッグ」とつなげて呼んだ駄洒落的揶揄的あだ名であった😅
確かにAさんはなんでも「No」ばかり言っていた。
こちらが仕事の案を出すと、
「それは違う。そんなんじゃないんだよ。もっとこう何か良いのを考えろよ。もっと奇抜なさぁ、他社がひっくり返って驚くようなさぁ、何かそんなのだよ。わかるだろ!」とか言うのである。
わからないし、そんなのはありはしない。
そんな良いのがあるなら誰も苦労はしないのだ😣
困り果て「何か良いアイデアはありませんか?」と訊くと、Aさんは「うーん、ここまで出かかってるんだけどなぁ」とか言いつつ、喉に手を当てるのだ。
しかし1年一緒に仕事した中では、Aさんのアイデアはすべて喉止まりであり、口から出ることはなかった。
そして残念ながら結局Aさんは、短期間でポストオフとなったのである💦
👉YES BUTマンを目指せ!
つまりNoは仕事を停滞させるのだ。
更に、その人の評判を大きく低下させるのである。
勿論イエスマンもNGである。
何でもはいはい言っているだけで残って行けるほどサラリーマンの世界は甘くない。
ならば何を目指すか。
私が提唱したいのは「YES BUTマン」である。
これはアメリカンヒーロー「バットマン」に引っ掛け、「YES!バットマン」とも読めるのでややカッコイイではないか😁
これは、論議の際や会話では常に「そうですよね」「私もそう思います」「ちょうど私もそんな風に考えていたんです」などと、うまいコトYESを言うのである。
そこで一旦良い気にさせておいてから、じわじわゆるゆる反撃するのだ。
「そんな面倒なことやってられっかよ。どうせ反対するなら結果は同じだろ😏」などと思われるだろうか。
いやいや全然違います!
最初に「イヤイヤそれは違うでしょ!」と言うのと、「ホントにそうですよねぇ」と言うのでは、後半戦に同じことを言ったとしても、相手の受け止めがまったく違って来るのだ。
何故かと言うと人間は結局、「最後は感情」なのである。
最初に「No!」と言われると、相手は、瞬間的にな、何ぃぃぃ?!😣と激高するのだ。
逆に「Yes!」と言われると、相手は、おー、良かったぁと思うので、その後の反論も冷静に聞いてもらえるのである。
逆に「Yes!」と言われると、相手は、おー、良かったぁと思うので、その後の反論も冷静に聞いてもらえるのである。
おー、何と素晴らしいYES BUTマン😁
👉まとめ:YES BUTが習慣になればいいのだ!
(何くだらねぇこと言ってんだ!こらぁ😣!)と思いつつも、にっこり笑いYESと言うのだから、結構感情の抑制は難しいのである。
しかし毎日意識して自己の習慣となってしまえば、実に簡単にすらっと言えるのだ。
会議などで徹底的に相手をやり込めて、恨みを買ってしまい後年痛い目に遇ったりするのはよくあることだ。
ビジネスにおいては議論や会話での完全勝利が、実は大きな敗北につながったりするものなのである。
ビジネスにおいては議論や会話での完全勝利が、実は大きな敗北につながったりするものなのである。
「Yesは身を守り、Noは身を滅ぼす」
裏座右の銘💦として是非ご採用あれ。
また、ご自宅でのご使用も推奨するものである😁
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