2016年10月26日水曜日

挨拶廻り/咆哮のオピニオン編その6


<作画:みやかね・にわとり>

挨拶廻り
~挨拶回りは日本のビジネスの根幹なのだ!~


 営業マンの仕事の一つに挨拶廻りというのがある。赴任、転任の挨拶や、年末年始、年度替わり、半期末や下期の始まり、キャンペーンのお願いなどというのもあったなぁ。

 新年の挨拶などは結構大変であった。時期が限られるからだ。あまり遅い時期に行くと、(何だ、うちを軽く見てるのか!)などと思われかねないので、極力早い時期に済まそうとめちゃめちゃに詰め込むのである。営業マン時代には最高一日40~50社は廻っていた。2週間くらいで400社以上廻るのだ。
 時間が読めないのでノーアポが原則だが、どうしても会わなくてはならないお客様には訪問することを伝えておく。会えるのは有難いしその為に廻っているのだが、お客様のお話が長引くと気が気ではない。ギリギリで組んでいるスケジュールが押して、廻りきれなくなってしまうからだ。
 車で移動するのだが渋滞にハマったりすると泣きたくなる。近くまで来ているような場合は、車を降りて全力疾走したりもする。昼食の時間が取れずコンビニのおにぎりで済ませることも多いので、だいたいこの期間には2~3kg体重が減るのである。

 途中でスケジュールが押すと次のお客様の不在を願う気持ちが芽生える。何とか外出しててくれ~などと祈るような気持ちで受付に向かい、ご不在だった時には名刺を預けながら、やったー!と心の中でガッツポーズをキメたりしていたのだ。何の為の新年挨拶廻りなのか分かったものではない(=_=)

 お客様も同様に挨拶廻りに出ているので、ご不在だったお客様と別なお客様の会社で鉢合わせたりもする。お互いに「あー、さっきお伺いしたらご不在でしたねぇ」などと半笑いで言い合ったりするのである。
 しかしここで疑問が湧く。一体この新年挨拶廻りにはどんな意味があるのだろうか。

 調べてみるとこんなことをしているのは日本だけである。欧米などには当然ながらこのような習慣はない。特に会えないことを前提に廻るとか、会えないことを願いながら廻るなどいう行為は、オー、ジーザスと両手を広げて呆れられるのかもしれない。私も若い頃は、こんな無駄なことは止めて宅配便で名刺を送れば良いのでは、などと不埒なことを考えたものである。

 しかし最近何となく分かって来たのは、このような習慣こそが日本のビジネスの根幹なのではないかということである。日本の歴史と伝統、礼節を重んじる風土が作ってきた美しい習慣なのだろう。
 ビジネスの世界はグローバルスタンダード化し、給与体系、評価体系、四半期決算、会計基準などあらゆるものの物差しが変わった。日本的経営が見直されている、などという意見もあるが、グローバル化を目指さざるを得ない日本企業の立ち位置は今後も変わることはないのだ。

 しかし、変わらないのは文化である。礼節や信義、約束を守るというような商文化は日本の良い面としてこれからも残って行くべきである。例え口約束であろうとも何としても守ろうとする日本人の感覚は、他国の人からすればやや違和感があるのかもしれない。ビジネスは戦いだからだ。しかし、これを失ったら終わりである。日本が世界で戦う為の最大のツールはこれらの「日本人の美徳」なのではないか、とさえ考えてしまう。

 節目でのこのような挨拶の積み重ねが信頼を作り、企業間の絆を深めて行く。自分は転任し相手も変わろうとも、毎年変わらない挨拶が作る絆。そう考えておけば大きな意味や価値を見出せるのではないか。

 昔30歳位の時に当時の上司だった課長のOさんが言っていたことを思い出す。
 Oさんは小さなお客様もすべて正月の挨拶に廻っていて、私が「課長、このお客様でしたら私が廻ります」と言ったところ、「普段来ないからこそ、年一回でも正月に廻っておかないといけないんだよ」と返された。
 なるほど、正月は縁のやや薄いお客様訪問の重要な機会なんだなぁ、と感銘を受けたものである。

 様々な意味を持つ挨拶廻り。おそろかにしてはいけませんね。


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