2017年2月28日火曜日

R-1グランプリ~本日決勝です\(^o^)/R-1の思い出を語る~/日々雑感その11

  

 ~本日決勝です\(^o^)/R-1の思い出を語る!~

 今夜決勝が開催される。19時から関西テレビ、フジテレビ系列で放送がある。
 R-1グランプリはピン芸人のお笑いトーナメント戦である。優勝賞金は500万円。
 2002年にスタートしたこの大会も今年で15回目を迎えた。

 歴代優勝者は以下の通り。

2002年だいたひかる
2003年浅越ゴエ(ザ・プラン9)
2005年ほっしゃん
2006年博多華丸
2007年なだぎ武(ザ・プラン9)
2008年なだぎ武(ザ・プラン9)
2009年中山功太
2010年あべこうじ
2011年佐久間一行
2012年COWCOW多田
2013年三浦マイルド
2014年やまもとまさみ
2015年じゅんいちダビッドソン
2016年ハリウッドザコシショウ

 何だかこうしてみると、M-1グランプリと違い、優勝者もなかなか売れてないような気もするなぁ・・・(◎_◎;)
 売れてるのは博多華丸さんくらい。でも漫才の方で売れてる感じんだもんな。
 じゅんいちダビッドソン、COWCOW多田さんもまぁまぁなんだけど、でも全体的には全然売れてないな。厳しい世界だなぁ(-_-)

 さて、何故私がR-1のことを書いてるかということだが、それは2008年と2009年に予選に出場したからである(^^;)
 この大会はアマチュアでも出場出来るのだ。

 以前にも書いたことがあるのだが、私は結構なお笑いマニアであり更にギャグマンでもある。お笑いをよく観ているのは、楽しんでいるだけでなく勉強しているような感覚もある。修行だ(^^;)
 テレビで観て大笑いしつつも(やられた!)と思ったりする。

(くっそー、そう来るのか!しまったなぁ)などと何となく思ったりするので、気持ちの上では同業者と思ってしまっている自分がいたりするのである。

 2007年に私は本社の企画部門の部長となった。その年の部の忘年会で酔った勢いもありついつい調子に乗った私は、「R-1グランプリで優勝してやっから見とけ!」と咆えてしまったのである。 

 バカである。たかだかちょっと面白いだけのサラリーマンのオヤジにそんなこと出来るわけがないのである。

 しかしみんなの前で言ってしまった手前引っ込みがつかない。私は悩みに悩んだ挙句、3,000円を払いエントリーしたのである。
2008年の1月のことだ。
 会場は渋谷のTEPCOホール。結構なキャパのちゃんとしたホールだった。

 私はバンドのボーカルをしているのであまりあがるということはない。2,500人超満員のNHKホールで歌った時も全然平気だったし、仕事で1,000人くらいの前でスピーチしても大丈夫だった。
 しかし、このR-1ではあがった。あがりまくった。ステージでは足がガクガク震えたのである。多分顔も強張り、身体もぎくしゃくし、肝心の喋りもうわずっていたに違いない。

 見事に一回戦敗退である。
 普通はここで止めるものだ。しかし諦めの悪い男No.1と言われた私キャプテン福田は翌年もう一度チャレンジしたのである。悔しかったからだ。雰囲気に飲まれ力を出せなかった自分のことが許せなかったのだ。

 翌2009年1月に私は再度TEPCOホールの一回戦に出場した。ネタもパワーアップし練習も重ねた。会社の後輩にお願いしてビデオを撮影してもらい研究もしたりした。
 そして見事に一回戦を通過したのである。更に二回戦も突破である!

 これは本当に快挙と言える。この年はプロ1,000人、アマチュア2,000人の計3,000人がエントリーしていた。そして原宿ラフォーレの3回戦に進出したのは、わずか100人ほどだった。アマチュアで残ったのはほんの数人だったのである。現役サラリーマンは多分私だけだったかも。
 緊張のあまりやや噛んだこともあって3回戦を勝ち抜くことは出来なかったが、もしあの時私が勝ち抜いていたら違う人生があったのかも、と夢想することはある。

 ボロボロの人生となっていた可能性が高いが(^^;)


 しかし私はこの時、お笑い芸人の世界に深く触れることとなった。控室で結構な時間一緒にいると様々なことが見えて来る。このトーナメントに賭ける思いの強さをひしひしと感じるのだ。勝ちたい、売れたい、負けてたまるか、そんな執念や想いが渦巻いている中で、私はその雰囲気に負けたのかも知れない。ちょっと調子に乗って出て来たオヤジが勝つことなんてことは絶対に許されないような空気がそこにはあったのだ(=_=)

 お笑い芸人の世界は10年、20年売れない人なんてざらにいる。そして売れない芸人はほとんど収入もないのだ。そんな中アルバイトで食いつなぎながらも必死に明日を夢見て戦う人たちに私が敵うわけがないのである。

 今年の決勝は、ブルゾンちえみ、三浦マイルド、横澤夏子、レイザーラモンRG、ルシファー吉岡、マツモトクラブ、石出奈々子、アキラ100%、ゆりやんレトリィバァの9人に加え、敗者復活からの3名で合計12名で争われるという。
 今年は女芸人が多いのが話題となっているようだ。
 ネタの面白さでその日の勝ち負けはあるのだろうが、売れるか売れないかはまた別な問題だと感じる。
 R-1はお笑いトーナメントであると同時に、峻烈な人間ドラマでもあるのだ。それまでの人生や生き方が試される場でもある。
 だから私はつい願ってしまう。誰が勝とうとも、ともかく頑張った人が売れて欲しいと。
 それは私の夢でもあるのだから・・・。

R-1グランプリ公式サイト→http://r-1gp.com/

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2017年2月25日土曜日

戦うサラリーマンバンドFCB新着!「うーむ、いよいよ来週はライブ」

 いよいよ来週はライブとなりました!
 FCBのニューサウンドに是非ご期待ください\(^o^)/

 ライブのチラシと地図のリンクも掲載してますよ!!
記事はこちらから

2017年2月23日木曜日

「雛祭り」ひなカレー?!(゚Д゚)新しい食文化の創出を提案してみる!/日々雑感その10

~ひなカレー?!(゚Д゚)雛祭りの新しい食文化の創出を提案してみる!~

 こないだ節分だったけど、あるアンケートを見たら豆まきしたのは35%くらいだった(-_-;)
 昔はさぁ、ほぼ全部の家で夕方から「鬼は~外ぉ!福は~内ぃ!」という声が近所に響き渡ってたけど、時代は変わったということなんだね・・・。
 昔の豆まきは節分升に豆をいっぱいに入れて、一家の主が相撲の水戸泉(古い(^^;))の塩まきみたいにバァーン!と豪快に撒いたものである。子供たちは、わーっと走って拾い回った。そしてそれをそのまま平気で食べていたのだ。
 今ならお母さんたちが「そんな不衛生な!」「落ちたもの食べるなんて、と、とんでもない!」と怒りに震えるのだろう。
 それが原因かどうかは知らないが殻付き落花生を撒く地域も結構あるんだね。そちらの地域は豆まき率が高いのではあるまいか。衛生的だもんね。
 まぁしかし、あの粗雑で豪快な豆まきをみんなが楽しみにしていた時代もあったことを忘れちゃいけないとも思うなぁ・・・(遠い目)。

 さて、別なアンケートによれば、豆まき率を逆転して節分行事のトップに君臨したのは、何と恵方巻摂取率だったと言う。これは驚愕の事実( ゚Д゚)と言えよう。
 恵方巻は大阪地方の一部にあった習慣であり、大変マイナーだったのだ。それを全国的に広め発展させ本家の豆まきをも凌駕する存在に押し上げたのはコンビニの力であろう。そこには、実施しやすい、家族で手軽に楽しめる、美味しい、などの各要素があったのだろうと思われる。
 そのうちいずれ「節分と言えば恵方巻だよね。え?!豆まきって何だっけ?!」なんていう時代が来ても不思議ではないのかも知れない。
 歴史と伝統ですら、新しい文化が超えて行くのである。

 ならば、次は「雛祭り」か(@_@)
 うーむ・・・
 雛祭りは女子のすこやかな成長を祈る伝統ある行事だ。雛人形を飾り桃の花を飾り、白酒を飲み、ちらし寿司を食べたりするのである。雛あられや菱餅も飾り、食したりもする。
 女の子がいる家庭で、子供が小さいうちは結構大がかりな行事である。雛段をドーン!と飾っていたりしたからだ。五段飾りとか三段飾りとか、結構豪華な感じの雛人形を飾るのが当たり前の時代があったが、今は場所を取るから段々減って来てるのかしらね。

 しかし「桃の節句」として誰でも知っているこの雛祭りだが、ちょっとエンターテインメント性に乏しいのではないかと私は思ってしまうのである(-_-;)
 節分に負けずとも劣らない知名度を誇っているのだから、恵方巻のように新しい食文化を取り入れ、誰でも楽しめるようなイベント性を導入すればもっと盛り上がるのではないだろうか!!
 バレンタインもホワイトデーもクリスマスも日本独自の食文化として発展して来ているのだ。ならば、雛祭りを、女の子がいない家庭でも、一人暮らしでも、何となく楽しい夕食のイベントとして盛り上げる方法はないのだろうかと、私はまたわけのわからないことを考えてみたりするのである。

 現在雛祭りでは、女の子のいる家庭でケーキやチラシ寿司を食べていることが想定される。小さくなくても女子のいる家庭では結構食べているのかも知れない。
 ここに雛祭りの大きなネックがある。対象がかなり限定されている点である。これをもっと恵方巻並みに拡大する方法はないのか。誰もが楽しめる雛祭りにしたいのだ。

 そこで着目したのがメインの料理ちらし寿司である。
 ちらし寿司も悪くはないが自分で作るにはやや面倒だし、好き嫌いもありそうだ。
 そしてこのちらし寿司自体にはあまり深い意味はなく、具材に健やかな成長への願いが込められていると言う。
 上のイラストの通り、海老、レンコン、豆などを雛祭り仕様ちらし寿司オールスターズとして具材に使っている。海老は長生き、レンコンは見通しがいい、豆は健康でまめに働ける、というような縁起の良い具材を使い子供の健康と成長を願っていると言うのだ。
 ならば、別にちらし寿司に拘ること無くね?!
( `ー´)ノと考えてみたのである。

 雛祭りを子供の健やかな成長を祈願する日と置いて、縁起の良い食材を使って祝い、子供たちも喜んで食べるもの、とするならば最適なのはカレーである。
 つまり「ひなカレー」だ。
 正月だっておせちも良いけどカレーもね、って感じで(西城秀樹古い(^^;))毎年何となくカレーを食べているし、雛祭りにカレーで何が悪いと思ってみたのだ。

 最初はひなカレーの具材として一瞬考えたのは「ひな鳥」である。
 ありえねー!!(/ω\)
 バカバカバカ、あたしのバカ!何が悲しくてこんな残酷なイメージのものにするのか(-_-;)私はすぐさまこのイメージをデリートしたのである。

 次に考えたのが、語呂合わせで、「ひ」はひき肉・・・
「な」はナス・・・
 で「ひなカレー」だった。
 ふっふっふ、これはなかなかステキな考えだねー。きっと美味しいだろうしね。

 しかしよく考えてみたらナスは夏の食材である(*_*;
 33日に強引に持って来ればすぐさま異論が噴出するであろう。
 なので熟考に次ぐ熟考を重ねた結果思いついたのが、さきほどの、雛祭りオールスターズの具材をフルに使った海老とレンコンと豆が入った「ひなカレー」なのだった。

 おー、自分ながらなかなか良い考えである。勿論誰も言ってくれないので言っているだけなのだが(^^;)、ちらし寿司に特段のいわれがないのなら是非皆様にもチャレンジいただきたい新しい食文化の創出プロジェクトなのであった。
 美味しいですよ(^o^)(多分)

 よろしくお願いしまーす\(^o^)

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2017年2月22日水曜日

サラリーマンの節約術6.ポイントの種類①共通ポイント~最も有名なポイントです!~/節約術その6

6 ポイントの種類①共通ポイント

~最も有名なポイントです!~

 ポイントカードは会員カードです。元々はお店ごとに発行し、10回来店したら無料とか次回割引とかの特典を付与しそのお店への囲い込みを行うために考えられたものです。
 これは相当以前から存在していました。しかし現在一般的に「ポイント」と言われているのはお店固有のポイントではなく様々な店で使える「共通ポイント」です。共通ポイントカードは提示するだけでポイントが貯まるカードで、決済機能はありません。
※クレジット機能付きの共通ポイントカードはあります

 共通ポイントカードの歴史はまだ浅く、TSUTAYAが会員証を店舗共通とし、更にローソンなどと共通化したのは2003年から2004年にかけてです。
 ローソンはその後Tポイントとの提携を解消しましたが、2010年にゲオなどと提携を行いPontaポイントがデビューしました。更に2014年には楽天が楽天スーパーポイントで攻勢をかけ、ポイント戦国時代が到来したのです。
 そしてそこに更に参入したのがdocomoのdポイントです。dポイントはローソンPontaポイントと共用になっている(ローソンではPontaポイントでもdポイントでも貯まるし使える)ので、ここまで来ると消費者もかなり混乱してしまうかも知れません。どこで何のカードを出せばいいのか分かりにくいのです。正にポイントカードの乱世ですね。

 現在覇権を争っているのは、Tポイント、Pontaポイント、楽天スーパーポイント、dポイントの主として4つです。

① Tポイント

還元率0.5%~1%/提携店45万店/電子マネー:Tマネー/クレカ:Yahoo!JAPANカード、ファミマTカード/Tカードプラス/特徴:ソフトバンクユーザーはファミマ、ガスト、TSUTAYAで3倍/主な提携先:ファミマ、スリーエフ、伊勢丹、三越、ドトール、ロッテリア、吉野家、ガスト、バーミヤン、ジョナサン、牛角、ENEOS、Yahoo!ショッピング/例えばファミマでは0.5%還元

※還元率は低いが最も提携店が多くリアル店舗で使いやすい。提携店ではTカード提示に関してのアプローチが契約上徹底されており、所有の有無を必ず訊かれる。

② Pontaポイント

還元率0.5%~1%/提携店10万店/電子マネー:おさいふポンタ/クレカ:リクルートカード、シェル-Pontaクレジットカード、ヒマラヤPontaカーPlus/特徴:リクルートポイントとの相互利用、dポイントと交換可能/主な提携先:ローソン、ケンタッキー・フライド・チキン、大戸屋、昭和シェル石油、リクルートサービス/例えばローソンでは1%還元

※ベース1%と貯まりやすいがリアル店舗ではローソンがメインの使い先。リクルートポイント、JALマイルと乗り入れたので使い勝手が大きく向上。

③楽天スーパーポイント

還元率1%/提携店52万店/電子マネー:楽天Edy/クレカ:楽天カード、楽天プレミアムカード、楽天PINKカード、楽天銀行カード/特徴:楽天Edy、楽天カードの組み合わせでポイントの二重取り、三重取りも可能。楽天スーパーポイント口座でポイントの一括管理/主な提携先:サークルKサンクス、ポプラ、大丸、松坂屋、ミスタードーナッツ、カフェ&バーPRONTO、出光サービスステーション、SOLATO太陽石油、伊藤忠エネクス、楽天市場

※還元率も高くネットショッピングに強い。リアル店舗での使い勝手はイマイチ。

④ dポイント

還元率1%/提携店:13,000店/電子マネー:ID/クレカ:dカード、dカードゴールド/特徴:ドコモユーザー以外も使える、ドコモユーザーはドコモ光、携帯料金でもポイントが貯まる、Pontaと交換できる/主な提携店:ローソン、マクドナルド

※新興勢力。ドコモユーザー以外も使え、今後の提携店拡大が期待される。


🔦ポイントのポイント6:どの店で何が使えるのか、まずは共通ポイントの概要を理解しよう


次号に続く(毎週水曜日配信)

※本コンテンツ全編はこちらに収録されています。
「サラリーマンの節約術~習慣を変えるだけで数百万トクをするポイントの話~」




今月のサラリーマンソング「ドリンキングマーチ」はこちら

サラリーマンの王道(4コマ漫画&エッセイ)過去記事リンク集はこちら

2017年2月21日火曜日

静かな炎天/若竹七海:ネタバレなしのレビュー!/サラリーマンブックガイド

 

 皆さんは「このミス」というのをご存知だろうか?
 正式名称は「このミステリーがすごい!」というミステリーガイドブックだ。
 ミステリーマニアには知れ渡った年間ミステリーランキング本で、毎年12月頃に発売される。
 1988年に始まったと言うから、もう20年近くになるんだね。私も毎年楽しみに購入している(^-^)

 ちなみに1988年の国内版1位は「伝説なき地」(船戸与一)、翌年は「私が殺した少女」(原尞)、その翌年は新宿鮫(大沢在昌)と、懐かしくもステキな作品が入っていて、何だかその時代の思い出と一緒になり、ちょっと切なくなったりもするのである(:_;)

 
ベスト10の作品は8割くらいは読んでいるし、11位~20位のあたりも読んでるから、全部で200冊~250冊くらいお世話になってる感じだ。
 多数の評論家やミステリーマニアが投票しているランキングなので、他のランキングと比し偏りが少ない。最も幅広く公平と言えると思う。

 このガイドブックの良いところは「本当に面白い本を確実に教えてくれること」である。それが目的で発売されてるのだから当たり前と言えば当たり前だが(^^;)なかなかそうでもないケースもあるので、本書で事前学習して読むことは非常に意義が大きい。

 だいたいにおいて、知らない作家さんの本をいきなり買ったりすることはあまりないものだ。
素晴らしい作家さんとの新しい出会いのきっかけとしても最適ではなかろうか。

  このミスのランキングに入ってる作品は単行本が多いのだが、2位に文庫本が入っていたので興味を覚え購入して来た。
 
それが本作「静かな炎天」。作者は若竹七海さんである
 

 アメトークでも紹介されたらしく話題になっているようだ。
 過去に数冊は読んでいるのだが、洒落た本格謎解きのイメージが強かったので今までそんなに私の感性にぴったりは来ず、かなり未読作品の多い作家さんであった。

 本作は設定がなかなかトリッキーである。
「40肩を患う書店アルバイト兼女探偵」なんて誰が考えるだろう?
 しかもこれはシリーズ本だそう。おー、それはステキですな。今後一作目から読めるなんて幸せだ。
 キャッチは「有能だが不運過ぎる女探偵葉村晶シリーズ」。なるほど、そういう感じなのね。

 ネットでは「後味の悪さがイイ」「読後感のツラさがクセになる」など、シリーズの独自性を評価する声しきりである。

 

一作目は1996年刊行の「プレゼント」。この頃は主人公は20代半ばのフリーターだったんだって。2000年に出した短編集「依頼人は死んだ」で30前後になり、2001年の長編「悪いうさぎ」で31歳だそう。前作「さよならの手口」で40代になってるんだって。
 サザエさん的に歳を取らない主人公もいるが、読者と一緒に高齢化して行く主人公も魅力的だね。自分の思い出と一緒に読んでるような感じになるもんね。

 さて本作は何と言っても、ミステリーマニアならニヤっと笑えるような、ミステリーの蘊蓄や、過去の海外、国内の名作のエピソード的なヤツをさらっと持ってきていて、思わずふふふと笑みが零れたりするところが高評価の所以なのだろうか。
 まず文章が素晴らしい。シニカルでクールな、私の好きなハードボイルド的トーンで統一されている。それでいてリアリティもある。


 ミステリー専門の書店が登場するのだが、これがかつて飯田橋にあった「深夜プラス1」という書店を彷彿とさせるなぁ。
 実は30代くらいの頃に結構通ってたんだよね。スマホもない時代は電車では本読むしかなかったし、通勤時間のほとんどは読書だった私の若手サラリーマン時代の思い出の一つはこの深夜プラス1だったんだよな。
 当時はネットの前の時代なので、実店舗だけのミステリー専門店なんて無かったから、非常に貴重な店だった。
 今はネット通販で何でも買えるけど、その時代は欲しい本を探していくつかの書店を廻ったりしたものだ。

 本作の収録作品は、どれも洒落たトリックで彩られており、うーむなるほど、と唸るものばかり。
 表題作の「静かな炎天」は、主人公がアルバイト先の書店の近隣住民から、次々と調査の依頼を受ける不思議をネタとして、最後のビシっとキメてくれるのだが、この淡々とした描写が正に「静かな炎天」というタイトルとマッチして、作品の価値を高めているのである。
 最後に収録の「聖夜プラス1」は不運を絵に描いたような主人公の一日を、様々なエピソードを重層的に織り込んで展開させており読み応えがある。

 これはミステリーマニアからは相当高評価だよな。絶対に他の人では書けない作品と思う。古今東西のミステリーのエッセンスを散らすための設定が無理なく効いていて、やっぱミステリーって良いよね、と思わせてくれる素敵な作品でした。
 ミステリーファンには特に本当におススメです

\(^o^)/

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2017年2月20日月曜日

「ポスト団塊世代」シラケ世代で何が悪い!と開き直ってみる!/錯乱のエピソード編その14

<作画:みやかね にわとり>


~シラケ世代で何が悪い!と開き直ってみる!~

 私が生まれたのは1955年である。ポスト団塊世代と言うらしい。団塊の世代は第一次ベビーブームである1947年から49年の3年間に806万人も生まれていて、日本をリードした世代と言われている。
 青年期には安保闘争などの学生運動に身を投じ、矛盾を抱えながらも、就職するとモーレツサラリーマンと化して働きまくり日本の礎を作った熱い熱~い世代である。

 一方私が属するポスト団塊世代であるが、かつて何と
「シラケ世代」「三無主義」と評されたのである。三無主義とは、無気力、無関心、無責任である。とんでもないいい加減な世代と評価されていたのだ。
  確かに私が大学に入学した1973年には既に学生運動が沈静化していて、学生の間には全体的にはのんびりムードが漂っていた。ぼうぼうに燃え上がった焚き火を消した後のようなちょっとけだるい感じがあったのかも知れない。
 しかしである。それは団塊の世代の人達から見た感覚であって、余りにも一方的な評価だと言わざるを得ない。 
 確かに我々は自己矛盾も何も感じないままキャンパスライフを謳歌し、普通に就職した世代だ。
 そういう意味では我々は、普通の学生生活を送り普通の就職をして、若い頃には普通のサラリーマン生活を楽しんだ最初の世代なのかも知れない。
 しかし、それが悪いのか、えぇ?!と問いたい心境であった。

 私が子供の頃は未だ戦後が色濃く残っていた。両親や親戚、友人など人がたくさん集まるとよく戦争の話をしていた。
 父は学生だったが茨城の工場でアメリカの爆撃に遭い死にかけたと言っていたし、叔父も海軍で演習に参加していたそうである。父と列車で旅をした時に同じ席に乗り合わせた人と、父が延々と戦争の話をしていたことを思い出す。
 私は福島市の出身だが、子供の頃は
父が東京へ出張に行くと決まって買ってきた土産はバナナだった。一生のうちに一度で良いから生のパイナップルを食ってみたい、と憧れていた時期もある。
 
 今でもスーパーなどでパイナップルを見かけると(何でこんなに安いんだー(*_*;)と強い違和感を覚えるのであった。
 コーラを初めて飲んだのは小学校低学年か。家にテレビが来たのもその頃だろう。その前は、力道山のプロレスは一時隣の家に観に行っていた記憶もある。

 つまり、戦後の記憶を鮮明に有しながら少年期に大きく激しく文化が変わった経験をしている世代なのだ。
 なので私は、ポスト団塊世代は変化に柔軟な世代と言えるのではないかと密かに思っている。
 団塊の世代の諸先輩に揉まれながら、シラケてるとバカにされても、冷静にしたたかにしぶとくバブルを乗り越えて戦って来たのだ。
 
 まぁしかし世代論は単なる一般論に過ぎず人生は勿論人それぞれだが、何となく思い返せばそんな気もして来るなぁ・・・。

 そうだ!シラケ世代で何が悪い!大きなお世話だぁ!そう開き直って私は生きて来たのだ。
 世代論はそれぞれの世代に言い分があるし、また世代論自体が無意味、と言う意見もある。
 しかし還暦を迎えた今、同世代の連帯感みたいなものをそこはかとなく感じてみたりするのも事実なのだ。

 さてそんじゃ今日は、一発パイナップルでも買って帰ろうかな(^^;)


日本初! たった1冊で誰とでもうまく付き合える世代論の教科書―「団塊世代」から「さとり世代」まで一気にわかる
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2017年2月19日日曜日

戦うサラリーマンバンドFCB新着!「ライブまで2週間」

バンドブログの新着です(^-^)
いよいよライブまで2週間。新作CDも完成しました!
記事はこちらから

2017年2月15日水曜日

サラリーマンの節約術5.家計費トータルではどれくらいポイントが貯まるの?~貯まる金額をシュミレーションしてみよう!~/節約術その5

5  家計費トータルではどれくらいポイントが貯まるの?

~貯まる金額をシュミレーションしてみよう!~
 2で記載した総務省の「家計調査報告2014年度平均速報」では、2人以上の勤労者世帯の全国平均の消費支出は、月額318.800円でしたね。
 そして、クレカ払い、電子マネー払いが可能と思われる項目の集計は252,500円でした。
 仮にこの金額の1.75%のポイントを獲得したとすれば、月間4,419円、年間53,028円に相当するポイントが貯まる計算になります。
 トータル=一生涯と考えると30年なら約160万円、40年なら212万円、50年なら265万円ものポイントが貯められる計算になります。
 この金額は平均ですので、ご家族の多い方や消費の多いご家庭では更に額は膨らみます。

 また、特定の日や特定の商品、ネットショッピングなどで更に何倍ものポイント還元をしているケースも多々ありますし、割引チケットやクーポン券などを発行しているケースも多いものです。これらも上手に活用すれば、平均で2%~3%の還元率もそんなに難しくはありません。

 ところが問題もあります。
 ポイントは現金ではありません。いくらたくさんのポイントを獲得しても上手く使えなければ意味がないのです。
※ポイントによっては現金に換金する方法もあります
 上手くポイントを貯めて上手く使うためには、まずポイントに関する基礎的な知識を習得する必要があります。

 それではここからはポイントに関する基礎知識をまとめてみたいと思います。

🔦ポイントのポイント5:一生涯で考えたら数百万節約出来たり、貯まる計算になりますよ

次号に続く(毎週水曜日配信)

※本コンテンツ全編はこちらに収録されています。
「サラリーマンの節約術~習慣を変えるだけで数百万トクをするポイントの話~」




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サラリーマンの王道(4コマ漫画&エッセイ)過去記事リンク集はこちら

2017年2月14日火曜日

Wi-Fiの危険性ってホントはどうなのよ?!/日々雑感その8

~Wi-Fiの危険性ってどうなのよ?について!~

  以前に会社の上司から「福田君、ウィーヒーってのは一体なんのことかね?」と訊かれ一瞬何を言ってるのか分からなかった(*_*;
「ほら、スマホとかのさ・・・」と言われそれがWi-Fi(ワイファイ)のことと判明した。
 なかなかおじさんには馴染みがないから、最初は読めないのよね(^^;)

 だいたい、線につながってないのに何だかいろんなことが出来るのが、何となく釈然としないし納得いかない。そういう意味では携帯電話も同じだけど。
 固定電話は線がつながってるでしょ。だからこの線を通じて声が聴けるのよ、と言われればそうだよね、と理解できる。しかし、携帯電話は線につながっていないのだ!(当たり前)それなのに声が聴こえるって何だかものすごいことではないのか( ゚Д゚)
 私の声が信号に変換され、電波に乗って相手に届くのである。(すごくテキトーな理解)
 しかも、である。海外にもリアルタイムで届くのだから、こりゃもう何て言うか、私の理解力を遥かに超えている技術なのである。

 電話だけでもすごいと思っていたら、Wi-Fiというものを使えば無線でPCも使えると言うではないか。これは本当にすごい時代が到来したと言うべきであろう。
 私は現在ノマドワーカー的な日常を送っている。様々な場所で書き物などをしているのだが、実は恥ずかしながら、PCがいろんな場所で無料で無線で使える、と知ったのはここ1年くらいなのだ。モバイルルーターみたいのを別途契約しないとNGと思っていたのである。
 最近はサラリーマンがカフェで、PCを使って仕事している姿を見るのも当たり前になって来ている。Wi-Fiが活躍する場面がどんどん増えているのだ。

  ある時バンドのレコーディングがあって、ドラムのクリリン小栗が空き時間にスタジオの待合で自分のPCを使って動画を観ていた。ルーターは持参していない。
 え?!それってどうやってんの?と訊いて、さんざんバカにされながら教えてもらって、それからのスタートである。

 その後、よく行く仕事場に「NTTスポット」のWi-Fiがあったので、それに申し込んだ。あとはキャリアがdocomoなので、それもよく使う。スタバやタリーズも時々使う。電源がある店があったり無かったりで店のローテーションが必要だったりするが、全然不便はない。
 ともかく想像してたより全然速いのである。会社のネットワークのスピードと比べても遜色ないし、家より速いくらいだ。
 感覚的にはこれは、おかしな話だと思う。あってはならない事とも感じる。線で繋いだ方が絶対速くあるべきだ、と思うのは、今やオヤジの感覚なのか(-_-;)

 しかし、Wi-Fiは危険という説がある。特にフリーWi-Fiは情報を抜き取られると言うではないか( ゚Д゚)
 恐ろしい。一体どういうことなのか。それじゃ危なくて使えないじゃないか。
 そこでちょっと調べてみなくちゃと思い、いろいろ調査を重ねてみた。

 すると判明したのは、まずキャリア(docomoausoftbankなど)のWi-Fiは安全ということであった。そして、大手業者が有料で提供しているサービスも安全だ。

 更に、テザリングという、自分のスマホをルーターとして使う方法も安全である。
 このテザリングってのは、よくブログに登場するN君という後輩から教わった。単身赴任中の彼は、キャリアのスマホを大容量パケで契約している代わりに、家のPCは契約をしていないのだそうだ。PCでネットを観る時はこのテザリングを使っているとのこと。トータルでは相当コストダウンしてるらしいぞ(@_@)
 テザリングはスマホのパケットを食うので、スマホの契約方式を考慮する必要があるものの、スマホに電波さえ来ていれば場所を問わずつながるし大変便利で安全な方法だ。

 それでは、危険と言われてるのは一体何なのだ。

 それはフリーWi-Fiと呼ばれているヤツである。
 カフェで提供しているフリーWi-Fiは結構使ったことがある人も多いと思う。スタバ、タリーズ、マックなどである。
 実際にこれらの場所で盗まれた場合に大きなダメージを受ける情報は、銀行、クレカ、SNSの情報などであろう。しかし、これらはサイト側でhttps通信というヤツでセキュリティ対策をしているので、実際にはこれらの情報を抜き取るのは困難だそうである。
 しかしその他の通信を傍受することは一定可能であるため、重要な通信などはなるべくフリーWi-Fiでは控えるのが無難なのだろう。個人情報を入力する通信を避けるのは基本の基本であるようだ。メルアドやPWを抜かれることは十分あり得るそうである。

 ともかく一番怖いのは野良Wi-Fiと呼ばれる「何だかよく分からないけど候補に表示されるヤツ」である。これらには絶対に接続してはいけない。
 フィシングの為に網を張っている野良Wi-Fiもあるのだ。乗っ取り事件なども多いが、これらのWi-Fiにつないだことが原因の場合もあるのだろう。個人情報入力を求められたら怪しいと思うべきである。絶対に関わってはならない。

 しかしついこないだまでWi-Fiの読み方まで知らなかったようなオヤジの私が、皆様に注意喚起のようなことを書いてるなんて、まったくもう時代の流れの速さを感じるなぁ(^^;)

 ところで先日国立劇場の近くを通りかかった。看板を見たら電波が来ていてスマホが使えるようである。
 へー、国立劇場ってスマホ良いんだぁ、と思った。
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 良く見たら「階段あり」の表示( ゚Д゚)
 何でも電波表示に見えるのはネット依存症かね(^^;)
 便利なWi-Fiを上手く活用して今日もガンバロー!


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2017年2月13日月曜日

「ヘルニア」医者選びは安易にしちゃいけません!/錯乱のエピソード編その12

<作画:みやかな にわとり>

~医者選びは絶対安易にしてはいけません!~

 50歳を過ぎた頃に、右のふくらはぎに違和感を覚えた。何だかとても張るのである。常にだるい感じもするし痺れもある。どうしたんだろうと思っているうちに、歩行に支障が出て来た。何百メートルかを歩くと右のふくらはぎがパンパンに張って歩けなくなるのだ。しばらく座って休むとまた歩けるようになる。ゴルフの機会も多かったので足を引き摺りながら必死にプレーしていたが、もう限界だと思い病院を探した。

 右足には結構な大きさの静脈瘤(血管の瘤)があり、前から気になっていた。だるいなどの症状は静脈瘤の症状に当てはまるように思い、そうだ、きっとこれが原因に違いないと思いインターネットでテキトーに見つけた専門医に行ってみたのである。
 院長という人が診察してくれたのだが、この人は結構なおじいちゃんであった。70代半ばだと思う。
 設備のしっかりしたまぁまぁの規模の病院だったので、まさかこのじいちゃん先生が手術するのではないだろうな、と思いながら診察を受けた。次回受診したら40代くらいのしっかりしてそうな先生が出て来て丁寧に説明してくれたのでちょっと安心した。一泊入院の手術で右足の静脈を一本抜く手術をすることになった。足の付け根のあたりを切開し静脈を抜き取るというちょっと大変そうな手術であったが、このまま歩けないと仕事にも支障が出るので致し方ないと思い切った。

 その頃左の首の付け根に脂肪の塊が出来ていた。直径2cmほどとかなり大きくなって来ていたので、そのじいちゃん先生に相談したら、「あー、そんなのはお安い御用」みたいな感じだったので、手術の時に一緒に除去してもらうことにした。以前に皮膚科でわき腹の脂肪の塊を除去した経験があり、その時に外科的には最も簡単な手術の一つと言われていたので、どうせ外科的手術をするのだからと軽いノリでお願いしたのである。
 手術の日に一泊入院の準備をして病院に行き、手術着に着替えてベッドに仰向けに寝かせられた。脂肪の塊はともかく、足の静脈瘤は結構緊張する手術である。何せ血管を抜くというのだからただ事ではないのだ。不安を抱えたまま寝ていたら、じいちゃん先生と若い先生の二人が登場した。そして何とメスを構えて近づいて来たのはじいちゃん先生であった。うへ!と思った。何だよ!若い先生じゃないのかよ!
 しかしじいちゃん先生はやる気満々で、もう代わってくれなどと言える雰囲気ではない。脂肪の塊を除去するから椅子に座れと言う。言われるがままに坐り直すと手術が始まった。ところがである。予想もしなかった大変なことが起きたのだ( ゚Д゚)

 局部麻酔をして切除し始めたじいちゃん先生が、うーうーと唸るのである。更に、うーうー、切れねぇ、切れねぇ・・・とぶつぶつ言い始めた。何だ、何で切れなねぇんだ・・・うーうー・・・。
 え?!何だ?!このじじい?冷や汗がどっと出る。すると、じいちゃん先生が突然叫んだ。切れねぇ!ダメだ!メス持って来いぃぃぃ!
 ええええええ?!勘弁してよ!何だこの状況は?!
 私は恐怖で固まって動くことも出来ず、祈るような気持ちでただただ耐えるのみであった。じいちゃん先生の恐怖の手術は20分ほども続いたろうか。私は恐怖と疲労でへとへとになっていた。じいちゃん先生が休憩に出て行った隙に、私は急いで若い先生を呼んで必死の形相でこう言った。
「静脈瘤の手術は絶対にあなたがやってください。あの人にやらせたら訴えますからね!」
 若い先生は私の目をじっと見て悲しそうな表情のまま頷くと、じいちゃん先生を追いかけるように手術室を出て行った。

 二人の間でどんな話し合いがあったのかは知らないが、静脈瘤の手術は若い先生が執刀し無事に成功した。地獄のような経験であったが、一方で死地を潜り抜けたようなニヒルな満足感も感じていた。
 ところがである。しばらく経っても足の張りは全く治まらなかったのだ。
 おかしいと思い、その後いくつかの病院で原因を調べてみた。MRIを撮ったら、何と原因は静脈瘤ではなく腰部のヘルニアだったことが判明した。腰に全く痛みがないのでてっきり足の病気と思い込んでしまっていたが、腰部の軟骨がはみ出して足の神経に触っていたのが原因だったのである。
 その後神経根ブロック注射などの複合的な治療とリハビリを繰り返し1年がかりで何とか治癒したのだが、素人の思い込みの恐さと病院選びの難しさを痛感したのだった_| ̄|○

 最近なんだか、じいちゃん先生が切った左の首の横がちょっと痺れるのである。あの人何かやっぱり失敗したのだろうか。あんなにうーうー唸って、切れねぇ、切れねぇって言ってたもんなぁ。


 しかしあれからもう10年。今更言ってもダメだろうなぁ。く、くそう・・・・・・(-_-;)

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2017年2月11日土曜日

「日本海軍少佐今野榮治/90歳からの伝言」/コラムその12

~90歳からの伝言。どんな世でも優しく強い人が正しい~

 今回はちょっと色合いが違いますがご容赦ください。
 私の叔父(父の弟)が昨日逝去しました。90歳でした。
 昨年9月に病に倒れ、2ヶ月の入院後退院し自宅で療養しておりましたが、厳しい闘病生活の後帰らぬ人となりました。ちょうど私が叔父の自宅にいた時で、呼吸が浅くなって来たのでずっと手を握って励ましていたのですが、しばらくしてそっと眠るように旅立ちました。

 叔父は気骨と品格があり、芯が強く、大正生まれの気概を強く有した立派な人でした。
 子供がいなかったこともあり、特にこの半年はしょっちゅう叔父の元に通い、様々な話をしました。
 叔父が一番好きだったのは叔父の祖父(私の曽祖父)で、よく思い出話となりました。
 叔父は心から祖父を敬愛しており、その思い出を是非とも書き残したいとの話となり、今回記憶を辿りながらネットでの調査なども重ねましたところ、一つの物語が出来ました。
 祖父(曽祖父)は私も子供の頃に何度も会っています。今回叔父から聞いた話は私も知り得なかったことが多く、とても感銘を受けました。

 叔父の一人語りでお贈りします。


 今野榮治氏である。
 私の母が榮治氏の長女であった。私の祖父にあたる。

 私は90歳となった。いつか大好きだった祖父のことを書き残したかった。
 今回思い立ちここに書き残す。
 記憶も曖昧であり、伝聞もあるため正確ではないかも知れないがご容赦いただきたい。

 今野榮治(以下榮治)は明治11年(1878年)3月10日に生まれた。
 今野家は代々仙台の伊達藩の家臣で、鷹匠をしていたと聞いている。
 榮治は福島県の浪江町津島で育った。近年東日本大震災で大きな打撃を受けた場所である。

 16歳で志願し日本海軍に入隊した。
 日清戦争が明治27年(1894年)開戦であるから、正に開戦の頃の入隊であったろう。
 日本がちょうど戦乱に向かう頃、榮治は愛国の徒として命を賭し海軍へ志願したのである。
 入隊時は三等火夫であった。釜焚きだ。
 当時の戦艦など海軍の船は石炭を燃料としていた。16歳の榮治は来る日も来る日も石炭をくべ続けたのであろう。国威がいかに高揚していようとも、榮治少年の日々が過酷であったことは想像に難くない。

 日清戦争の勝戦後、日本は日露戦争へと向かった。明治37年(1904年)のことである。当時榮治は26歳。まだまだ若いが海軍入隊後10年が経過していた。

 日露戦争の際にロシアが潜水艇を所有しているという情報を得た日本海軍は、潜水艇の配備を決断した。建造技術を持っていなかった日本は、アメリカのエレクトリックボート社製の潜水艇を分解し輸入し、横須賀で再度組み立てた。5隻を発注しすべて明治38年(1905年)に竣工したそうだ。
 ホランド型潜水艦(潜水艇)である。完成は日露戦争終結後のため戦績は残されていない。しかし、日本初の潜水艇の発注や竣工に榮治が大きく関わったことは間違いない。

母から榮治のこんなエピソードを聞いたことがある。

 第一号の潜水艇の乗組員だった榮治は、訓練中に大きなトラブルに見舞われた。
 潜行訓練中沈下したまま浮上しなくなってしまったのである。全員必死で対処するも復旧は叶わず、酸素も尽きかけた。
 艇長は総員を潜望鏡の下に集合させ、死を覚悟するよう説諭した。絶体絶命で、もう誰もがどうにもなるまいと諦めていたのだ。その時の乗組員の心情は察するに余りある。国の為に戦闘に命を落とすならまだいい。しかし訓練中である。日本初の潜水艇を無駄に失うことへの悔恨も深かったろう。

 しかしその時立ち上がったのが榮治である。榮治は部下1名を引き連れ黙ってその場を離れ、懐中電灯を頼りにエンジンルームへ潜り込むと、一刻一刻と酸素が切れかけるその中で、必死にエンジンの総点検を始めた。すると、電気系統の、絶対に水が入っていけない箇所への浸水を発見した。そしてそこから水を抜くと、何と潜水艇のエンジンが再点火し浮上し始めたのである。助かったのだ・・・。

 潜水艇の事故で有名なのは明治43年に起きた第六潜水艇での事件である。後に教科書にも載り私も記憶している「佐久間艇事件」だ。
 初の国産潜水艇であった第六潜水艇は広島の呉で訓練中に浸水し海底に没したまま、乗組員14人が亡くなっている。
 その際12名がそれぞれの持ち場を離れずに亡くなり、2名は修理箇所に取りついたまま死亡していたことで、最後まで諦めない精神が日本海軍の誇りと称賛されているのである。
 正にこの事件と同様のことが、一号艇でも起きていたのだ・・・。
 榮治の不屈の精神がこの事故を史実から消していると言えよう。

 すべての発明や開発には事故がつきまとう。事故を糧として新たな開発が行われることは周知の事実だ。しかし、そこには人間の尊い犠牲があることを私たちは忘れてはならない。六号艇の事故のご家族の悲しみや、その後の人生を思えば本当に胸が詰まる。
 榮治がもし事故で命を落としていたなら、私のその後の人生も大きく変遷していたであろう。

 国立公文書館デジタルアーカイブ、アジア歴史資料センターなどで、榮治の足跡を追った。
 様々な経歴書や叙勲の書類などを見つけることが出来た。フランスに潜水艇の艤装業務に赴いたり、戦艦春日に搭乗したり、様々な活躍の痕跡も見つけることが出来た。
 そしてその中に少佐任命の書面を発見した。





 榮治は少佐となっていたのだ。
 当時の日本海軍においては、叩き上げでは大尉までしか任用されないと聞いた。
 かつて、日本海軍の歴史の中で、三等火夫から少佐まで登ったのは2名のみと聞いたように記憶している。その一人が榮治なのだ。
(※ネット上で、日本海軍では昭和19年に3名が初めて叩き上げから中佐に任用され、それが最高位という記事を見つけた。榮治が任用された昭和4年においては少佐が最高位であったものと考えられる。写真では機関少佐とあるが、階級が兵科、機関科に分かれており、榮治が技術職であったことを表している)

 正に榮治の類稀なる資質と努力の賜物であろう。
 そして何と言っても「どんな困難に直面しようとも絶対に諦めない」という強靭な精神力がその地位を作ったことは間違いない。

 そしてどうしても伝えたいことがある。榮治の人柄である。
 私は榮治には本当に可愛がってもらった。サンタクロースのように長い白鬚を生やしており、ニコニコいつも笑っていた。
 優しい優しい祖父であった。私もこうなりたいと願った。人に優しく、いつも笑って、しかし胸の中には不屈の魂を隠し持つ、そんな人間に、である。

 榮治は海軍という上下関係の厳しい過酷な組織にあっても、自分を失うことはなかったろうと思う。このような組織にあっては、シゴキのようなことは日常茶飯事だ。人間の弱さが権力を振りかざすのだ。本当に強い人間は誰にも優しく出来る。
 現代の企業においても同様である。パワハラと呼ばれる様々な事件は権力を有した人間の哀しいまでの弱さから発せられているのである。

 榮治は違う。榮治は優しいから強いのだ。
 私は榮治の血筋を受け継いでいる。私も幾らかでも榮治のようにありたいと願い生きて来た。
 さて、私はどこまで出来たろうか。

  弱い人間が強がることで、一体どれだけの争いや諍いが起き無為な犠牲が払われて来たのか。そのことを思うと胸が痛む。
 どなたが私のような老人の話を聞いてくださっているのか知るべくもない。しかし私はこのことだけはどうしても伝えたいのだ。

 どんな世でも優しく強い人間こそが正しい。

 そのことを榮治が自分の人生を通して、そっと私に教えてくれたのだから・・・。



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